
伝統文化の中に生きる、自然と密着した心と知恵・・・ 世界から隔絶した楽園で繰り広げられた過去と、西洋文化と接触する以前の素朴なハワイの面影を探ります。
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1778年、英国の探険家ジェームス・クックがハワイ諸島を発見しました。壮大な海を渡る航海がいかに困難であるか知っていた彼は、原始的な生活をしていたポリネシア人が、大海に散らばる島々にどうやって住み着いたのか不思議に思ったことでしょう。彼が生まれる1000年以上も前に、ポリネシア人は地球上で一番孤立したハワイの島々を発見し、独自の文化を生み出していたのです。
考古学と言語学の研究結果によると、ポリネシア人の先祖は東南アジアから来たと考えられています。
ラピタ人による陶器の伝播経路をさかのぼると、紀元前3000〜2000年頃のオーストラリアの北東に位置するミクロネシア、パプアニューギニア領のビスマルク諸島が彼らの出発点ということになります。おそらく、紀元前4500年以前にニューギニアからミクロネシアのソロモン諸島、ニューヘブリジーズ諸島を経て紀元前1500年頃にはフィジー諸島に移っていったのでしょう。そして、紀元前1200年頃にはトンガやサモア諸島に移住し、そこで1000年ほど暮らすうちに、独自の文化を持つポリネシア人になり、航海術を発達させ、1600km東にあるマルケサス諸島、そして、タヒチにも目指していきました。西暦1000年頃までには、東のイースター島、北のハワイ、南のニュージーランドへと移住していました。
海図も羅針盤もなく航海した人たちです。
ハワイには、西暦300年から750年ごろの間にマルケサス諸島から移住があり、西暦1000年頃にタヒチから移住がありました。西洋人がやってきたころには、こうした遠洋航海は何らかの理由で行われなくなっていました。
キリスト教の伝道、貿易船や捕鯨船の入港、サトウキビプランテーション時代の移民、ハワイ王国の滅亡など、さまざまな時代を経過する中で、ハワイの文化と言語は衰退してしまいました。現在はハワイ文化とハワイ語の復活の兆しがあります。新しい世代のハワイ人たちが1976年にポリネシアの航海術を復活させ、古代の「海の道」をたどって太平洋を横断するようになり、それ以来、益々ハワイ文化を見直すルネッサンス的な動きが始まりました。

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